月別アーカイブ: 2008年1月

生物と無生物のあいだ

福岡 伸一 (著)「生物と無生物のあいだ」(講談社現代新書)

分子生物学という、最先端の科学のおもしろさを伝えてくれる本です。
テーマは、生命とは何か、生物を無生物から区別するものは何かということです。
著者は、「生命とは自己複製を行うシステム」という通説に満足せず、動的平衡論という視点から生命の本質に接近します。

プロローグの文章を読んだだけで、著者の豊かな感性や人間性がうかがわれ、一般の科学書とは異なる詩的な雰囲気が伝わってきます。

「川面を吹き渡ってくる風を心地よく感じながら、陽光の反射をかわして水のなかを覗き込むと、そこには実にさまざまな生命が息づいていることを知る。水面から突き出た小さな三角形の石に見えたものが亀の鼻先だったり、流れにたゆたう糸くずと思えたものが稚魚の群れだったり、あるいは水草に絡まった塵芥と映ったものが、トンボのヤゴであったりする」(プロローグ より)

著者は、DNAの自己複製の仕組みをわかりやすく説明したかと思うと、研究者の姿を活写し、そこに自らの研究生活を重ねて語るというように、読者をさまざまな世界に連れていきます。

あたかもDNAの二重らせん構造のように、分子生物学の解説と研究者の人物伝が美しく重なり合います。
このような変化に富んだ展開により、最先端の科学を扱いながらも、読者を飽きさせずに引き込む効果をあげていると思います。
時間の経つのを忘れて一気に読まされてしまう本です。

(2008年1月17日)

マイクロソフトでは出会えなかった天職

ジョン・ウッド(著),矢羽野薫 (訳)「マイクロソフトでは出会えなかった天職 – 僕はこうして社会起業家になった」

マイクロソフト社の幹部としてまさに世界を股に掛ける毎日を送っていた著者が、休暇をとって訪れたネパールで、教育を受けたくても学校が足りず、本を読みたくても旅行者の残していった本がわずかしかないという、途上国の教育の現実に直面します。

「あなたはきっと、本を持って帰ってきてくださると信じています」という現地の校長との約束を果たすために、著者はさっそく知り合いにメールを発し、行動を開始します。
そして将来の約束されたマイクロソフトを辞し、価値観の異なる恋人とも分かれ、社会起業家としての道を歩むことになります。

「物質的な富があるかどうかは関係ない。本当に大切なのは-その富を使ってなにをするかだ」(第2章 ロウソクの下でアイデアが燃え上がる より)
約束通り、著者は本を携えてネパールを再訪します。
出迎えの人々との交流の場面では、著者の喜びが伝わってきて胸が熱くなります。

本書を読むと、著者の熱意と行動力に圧倒されます。(*1)
設立したNPO「ルーム・トゥ・リード」が、2007年6月までに建設した学校は287校、図書館3,540カ所、届けた本は140万冊にのぼるということです。
「できないではなく、どうすればできるか」を考えること、それが著者の行動の基本になっています。

そして、マイクロソフト時代の経験・ノウハウを十分に活かして、成果につながるNPOのビジネスモデルを構築したことに感心します。
たとえば、活動資金は篤志家の寄付に拠るところが多いのですが、寄付した人が自分の寄付金が何に使われたのかが分かるように、建設した学校の命名権を付与するという仕組みを取り入れています。

また「NPOのマイクロソフトをめざす」という章では、結果最重視の姿勢、行動の重視、人を攻撃しない、具体的な数字に基づく、忠誠心、といったマイクロソフト文化を、ルーム・トゥ・リードの運営に適用している著者の経営哲学が紹介されています。

ほとんどの人にとっては、著者のように、安定した仕事を辞めて社会貢献の道に進むことは困難でしょう。
しかし、このように生きている人もいると知ることで、何かが変わります。
この紹介文に興味を持った方は、ぜひ著書を購入して読んでほしい本です(それによって著者の活動に協力することにつながります)。

「節目の年齢に対する不安は、自分の人生にどれだけ満足しているかに関係するんだろうね。自分のやっていることが大好きで、いい友人と家族に囲まれていたら、四〇歳も五〇歳も六〇歳も、ただの数字にすぎない。不安になる理由なんかないよ」(エピローグ 人生の次の章へ より)。

(*1)原題は、”Leaving Microsoft to Change the World : An Entrepreneur’s Odyssey to Educate the World’s Children。原題のほうが著者の思いがストレートに表現されていますね。

(2008年1月15日)