それがぼくには楽しかったから

リーナス・トーバルズ(著),デビッド・ダイヤモンド(著),風見 潤(訳)「それがぼくには楽しかったから」

インターネットのサーバーや一部のパソコン、組込機器等で使われている基本ソフト(OS)のLinuxを開発したリーナス・トーバルズの自伝です。
LinuxはUnixと同等の機能を有するOSで、世界中の多くのボランティアの手によって開発され進化している、いわゆるオープンソース・ソフトウェアの代表的なものです。
オープンソースは基本的に無料で利用できるものが多く、一部の自治体などではソフトウェアにかかるコストを抑えるために、Windows等のOSから切り換える例もでています。
このようにいままでのソフトウェアビジネスのあり方を根本的に覆す革命的なOSは、フィンランドの一人の青年の興味から生まれたものです。
11歳の頃、祖父の購入したパソコンとの出会いから始まり、学生時代をコンピュータとともに過ごし、様々なプログラムを作り、やがてUnixと出会い、洗練された世界に引き込まれていきます。
リーナス・トーバルズがLinux開発に取り組んだとき、ソフトウェアの世界に革命を起こすといった考えはなく、タイトルが語るように、「それが楽しかったから」やっただけのこと・・・この考えは彼の哲学のようです。
序章でも、人生にとって意義のあることとして、「一つめは生き延びること。二つめは社会秩序を保つこと。三つめは楽しむこと。」と語っています。
後半部分はオープンソースの哲学と、様々な企業との複雑な関わりや、今後のコンピュータ及び情報化社会の変化について、彼独特の考えが述べられています。
曰く「情報社会の次には娯楽社会が来るだろう」。

「それがぼくには楽しかったから 全世界を巻き込んだリナックス革命の真実」
(小プロ・ブックス  単行本 – 2001/5/10)


高度成長―「理念」と政策の同時代史

佐和 隆光 (著)「高度成長―「理念」と政策の同時代史」(NHKブックス)

昭和30年から45年までの高度経済成長の歩みを、経済白書の記述を丁寧に読み込むという作業によって掘り起こし、未曽有の成長をもたらした構造的な要因を解きあかそうとしたものです。
経済白書には、戦後復興から量的拡大への歩み、大きな政府への指向、その後40年代になった顕在化した公害問題などのひずみの認識、日本経済の構造的な課題として認識され続けてきた企業規模や地域の格差や跋行性などが記述され、まさに日本経済の歩みを写す鏡であったことがわかります。
国民所得倍増計画に代表される産業政策として量的拡大を目指した時代、技術革新と消費革命の時代、そして公共支出主導型経済への転換と生活の質の充実へと、いわゆるパラダイムの転換の考察が展開されています。
1984年刊行の本ですが、現在読んでみて、いくつか興味深い内容があります。たとえばIT社会を考えるうえで、次の一文に目がとまりました。
「いまにして思えば、昭和四〇年代の前半期に人びとが電子計算機に寄せた期待は、あまりにも過大にすぎたとしかいいようがない。人間社会の一切合切が、電子計算機のたすけを借りれば、たちどころに解読され、未来予測も思うがままであるかのように錯覚されていたのである。」(第三章 長期繁栄の光と影 P108より)
この文章の「昭和四〇年代」を「2000年代」に、「電子計算機」を「ウェブ(インターネット)」や「AI」に置きかえてみたらどうでしょうか。

高度成長―「理念」と政策の同時代史 (NHKブックス 単行本 – 1984/9/1)

ビル・ゲイツ未来を語る

ビル・ゲイツ (著), 西 和彦 (訳)「ビル・ゲイツ未来を語る」

インターネット社会が離陸した時代に、ビル・ゲイツ(1955-)が何を考え、どのような未来予測をたて、マイクロソフト社(1975-)がどこに進もうとしていたのかを知ることができる本です。
本書出版から四半世紀を経過した現在、ビル・ゲイツの展望の多くは現実のものとなり、情報化社会のたどってきた方向も予測に合致していることがわかります。

本書が書かれた時期は、ちょうどマイクロソフト社にとって分水嶺となった時期でした。
90年代初め、マイクロソフトはインターネットの影響を過小評価しており、独自のパソコン通信サービス(MSN)を提供していました。またブラウザの開発でネットスケープに遅れを取ったことも周知の事実です。

マイクロソフトの歴史を振り返ってみると、同社は時代の最先端を走っている企業ではないことがわかります。
二番手の位置に付けながら、時代の変化を注意深く読み最適なタイミングを捉えて戦略を実行してきた手腕は見事です。
パソコンOSの圧倒的なシェアと資金力、マーケティング力という強みを生かして、成長分野でトップの座を奪い取る、それが同社の基本的な戦略であるといえます。

ビル・ゲイツが情報化社会の行方を正しく見据え、マイクロソフトを巨大企業に成長させた要因としては、ビル・ゲイツの資質だけでなく、同社がソフトウェアを生業とすることが大きいでしょう。
ソフトウェアには、プログラムしだいで何でもできるという柔軟性や、大規模な製造設備を必要としないこと、製品開発に成功すれば限界費用が極めて少ないといった特性があります。
これらソフトウェアの持つ特性は、企業が環境変化に対応して生き残るための大きな鍵となります。
ハードウェアメーカーの多くが、急激な技術革新とコンピュータの利用形態の変化によって淘汰されたことと比べれば、その違いは非常に大きいと思います。

マイクロソフトは、かつてのOSとパッケージソフトウェアの販売から、Azurを中心としたクラウドサービスに軸足を移しました。

執筆当時のビル・ゲイツは、このような変化を予想していたでしょうか。

ビル・ゲイツ未来を語る (アスキー 単行本 – 1995/12/1)

ザ・ブランド―世紀を越えた起業家たちのブランド戦略

ナンシー・F.ケーン(著),樫村 志保(訳)「ザ・ブランド―世紀を越えた起業家たちのブランド戦略」 (Harvard business school press 2001/11))

18世紀の「ウェッジウッド」から1980年代の「デル・コンピュータ」まで、世界的な有名ブランドについて、起業家の生い立ち、ブランドの誕生、成長、組織の変革などを歴史学者の視点で分析したものです。
取り上げているブランドは上記の他に、「エスティ・ローダー」、「ハインツ」、「マーシャル・フィールド」、「スターバックス」の計6ブランドです。

著者は冒頭で「起業家、そして彼らと消費者の関係について筆者が抱いていた一連の疑問を形にしたものである」と述べているように、顧客関係が本書の大きなテーマとなっています。
歴史学者らしいアプローチの書で、膨大な資料を紐解いて、企業家の生涯や、当時の時代背景について多くのページが割かれています。

著者は、これらのブランドが世界的なブランドとして認知された要因として、社会・経済の変化が消費者ニーズや欲求に与える影響を理解していたこと、顧客との関係を築き上げたこと、買い手を満足させ好みの変化を予測するための組織を作り上げたことを指摘しています。

たとえばウェッジウッドの章では、同社が、
・製品の開発、改良に力を注いだこと
・中産階級の台頭に伴う上昇志向と模倣消費という機会をとらえたこと
・王侯貴族御用達というイメージ形成に力を注いだこと
・製品に自分の名前を押印し模倣品を排除したこと
・ショールームの開設などの近代的マーケティング手法を導入したこと
・労働者の組織化や生産管理の導入により品質の安定をはかったこと
などが、ブランド確立につながったことがわかります。

ブランド論は多々ありますが、ブランド確立の要因を、歴史的事実の積み重ねと、顧客関係から追求した視点に、学術書としての深みが感じられます。

企業戦略論【上】

J・B・バーニー(著),岡田 正大(訳)「企業戦略論【上】基本編 競争優位の構築と持続」(単行本)

MBAのテキストとしてかかれたもので、原題の”GAINING AND SUSTAINIG COMPETITIVE ADVANTAGE “が示すように、競争優位性の獲得と維持がテーマです。邦訳は原著を上・中・下に分けた3巻構成となっています。
著者のJ・B・バーニーは、RBV(1)の第一人者で、大手企業の戦略コンサルティングを行い、また在職した3つの大学で計5度の「ティーチング・アウォード」を受賞しているとのことです。 本書の内容は、経営戦略の定義(「ミッションと目標を達成するための手段」)から始まり、SCP(2)モデルとSWOTフレームワークに基づく脅威・機会、強み・弱みといった事項の体系的な解説が続き、RBV、VRIOフレームワーク(3)に展開されています。 SWOT分析はバランス・スコア・カードによる戦略策定でも必須のプロセスですが、機会・脅威・強み・弱みの項目を抽出するのはなかなか骨の折れる作業です。 本書ではM.E.ポーターの理論に拠り、脅威の項で「新規参入・競合・代替品・供給者・購入者」という5要素の詳しい解説がなされ、機会の項では「市場分散型業界・新興業界・成熟業界・衰退業界・国際業界」といった業界特性別に、着目すべき機会について述べられています。 これらの着眼点を理解することにより、SWOT分析の質が向上することは容易に想像できます。 講義を念頭においているためか、重要な事項については何度も繰り返し、企業の例やモデルを示しながら説明されています。 体系的で網羅的な論理展開、平易な文体とわかりやすい表現で記述された優れたテキストです。 上巻は300ページほどの分量ですが、経営学の専門書としては異例に読みやすく理解しやすい本です。 中・下巻の内容については後日紹介したいと思います。

(1)RBV(resource-based view)・・・経営資源に基づく視点。企業の競争優位の源泉として、内部資源に注目する経営戦略理論。
(2)SCP(structure,conduct,performance)・・・業界構造-企業行動-パフォーマンスの関係を理解する方法論。
(3)VRIO(value,rarity,inimitability,organization)・・・価値、稀少性、模倣困難性、組織についての問いからなるフレームワーク。

[新版]企業戦略論【上】基本編 戦略経営と競争優位 (単行本 – 2021/12/8)

企業戦略論【中】

J・B・バーニー(著),岡田正大(訳)「企業戦略論【中】事業戦略編 競争優位の構築と持続」 (単行本 2003/12刊)

No.127で紹介した バーニーのMBAテキスト「企業戦略論」3巻構成の中巻は、垂直統合、コスト・リーダーシップ、製品差別、柔軟性、暗黙的談合の5つの章から構成されています。
競争優位性の主要課題であるコスト・リーダーシップと製品差別化の方法については、ポーターの「競争の理論」の解説だけではなく、脅威や機会、組織構造と関係づけて、体系的・網羅的に扱われています。
第6章「垂直統合」では、バリューチェーンにおける垂直統合の価値、取引費用理論に基づく統治の選択肢、そしてリソース・ベースの視点から見た垂直統合戦略が説明されています。
企業の垂直統合度が、売上高付加価値率を示す簡単な式でおおよその見当がつくというのはひとつの発見でした。
また、「一般的人的資本投資」(*1)という概念にも共感を覚えました。
第7章「コスト・リーダーシップ」では、規模の経済、経験の差がもたらす学習曲線による経済性、技術上の優位などコストリーダーシップをもたらす要因と、こうした競争優位を最大化するための組織体制について解説されています。
「競合を下回る価格を設定すれば、競合に対してさらなるコスト削減が可能であるというシグナルを送ることになる。」(p89)という指摘にも納得させられます。
安易な低価格戦略は、レッド・オーシャンへの道ですね。
第8章「製品差別化」では、ポーターの「競争の戦略」から製品差別化を行う方法が紹介され、また実証研究から導き出された差別化要素、経営組織との関係、バランス・スコアカードについても触れられています。
「製品差別化とは、最終的には、常に顧客の認知の問題である」(p113-114)という指摘は、肝に銘じるべき言葉です。
第9章「柔軟性」では、戦略の選択における不確実性の問題が扱われ、金融オプション理論に基づくリアルオプション理論の手法が説明されています。
難解な数式を3つのステップに分解し、わかりやすく説明する手法には、ティーチング・アウォードを5回受賞したバーニーの神髄があらわれています(それでもすらすらとは読めない部分でした)。
最後の第10章「暗黙的談合」では、協調問題と裏切りについて解説されています。

(*1)general human capital investments・・・blogを書くこともそうですね。

[新版]企業戦略論【中】事業戦略編 戦略経営と競争優位 (単行本 – 2021/12/8)

ゆたかな社会

J・K・ガルブレイス (著),鈴木 哲太郎 (訳)「ゆたかな社会」

ガルブレイスの代表作で、初版は1958年と、もはや古典の域に達した著作です。
私の手元にあるのは第三版(四刷)で、1983年発行のものです。久しぶりに箱から出したら、表紙を包んでいるパラフィン紙がすっかり褪色していました。
購入したのは大学を卒業して社会に出た頃です。なぜこの本を読もうと思ったのかは定かではありませんが、社会で働くようになり考えることがあったのかもしれません。
ガルブレイスは序論のなかで、本書の執筆の動機を語っています。
「私は、われわれが、公的サービスをおろそかにし、生産増加の一般的な治療的な力にこれほどまでの信頼を寄せることによって、深刻な社会的な病をおびきよせているのだ、という確信に貫かれてきた」
この本は、ガルブレイスが第二次対戦前後に傾倒したケインズ主義から、彼自身を引き離す努力の結実ともいえます。
ガルブレイスが取り上げたテーマは、「ゆたかな社会」の背後に厳然として存在する「貧困」の問題です。当初彼が考えていたタイトルは「なぜ人々は貧しいのか」というものでした。
多くの経済学者がいわば放置してきた「貧困」を、ガルブレイスは看過できなかったのです。
内容は多岐に渡りますが、経済学の専門書としては比較的読みやすいほうです。第二章「通年というもの」がやや抽象的で、独特の言い回しを理解するのに骨が折れますが、ここを突破すればあとは比較的楽しんで読めると思います。
昨今の流行語となった格差社会を考えるうえでも、多くの示唆を与えてくれます。
現在入手しやすいのは、2006年刊の「ゆたかな社会 決定版」 (岩波現代文庫)です。

ザ・テクニカルライティング

高橋 昭男 (著)「ザ・テクニカルライティング―ビジネス・技術文章を書くためのツール」


出版されたのは1993年とやや古いものの、正しいビジネス文章・技術文章を書くための実践的で非常に役に立つ本です。
著者は「もっと良い日本語を書きたいという一心で」いろいろな文献を読み漁り、200万字に及ぶデータベースとして整理したとのことです。その資料を活かして生まれたのがこの本です。
内容はきわめて具体的、かつ実践的です。
・「技術文章では正確さと品位を必要条件とし、わかりやすさ、読みやすさを十分条件とする。」(技術文章の四大要素 より)
・「1文50文字以内に収める」(短い文章を書く より)
・「5時にならないと帰って来ません」というような、二重否定の文章は避ける(明確な文章に徹する より)
・「箇条書きの文章には、句点(。)を付けない。」(もっとスリムに より)
・「推定の文章はマニュアルでは使えない。」(日本語の特徴を活かす より)
他にも、形容詞や助詞の正しい使い方、同音/同訓語の使い分け、読点の付け方などについても、具体例をあげて詳細に説明されています。
報告書や日報、企画書やプレゼンテーション資料、電子メールなど、ビジネス文章を書くことは、仕事のなかでも大きな位置を占めています。
また製品のマニュアルなどは、誤解を生む記述があれば大きな問題を引き起こす恐れがあります。
このようにビジネス文章を書く機会は非常に多いのに、そのための体系的な教育を受けた覚えのある人はほとんどいないのではないでしょうか。。
一冊備えておいて時折目を通すだけでも、文章の品質が向上すると思います。

ザ・テクニカルライティング―ビジネス・技術文章を書くためのツール( 共立出版 単行本 – 1993/5/20)