まともな人

養老 孟司(著)「まともな人」(中公新書 2003/10刊)

養老孟司(1937-)氏は、ふだんあたりまえと思っていることに「本当にそうか?」と鋭い疑問を突きつけています。
本書は中央公論に連載の時評をまとめたもので、2001年から2003年までの出来事や話題をめぐって、氏の見解が述べられています。ちょうど911の出来事があった時期で、テロや原理主義について多くのページが割かれています。
他の著作とも共通する視点ですが、「ああすれば、こうなる」式の思考や行動がいかに過ちに満ち、社会のさまざまな問題を引き起こしているのか、都市化や脳化社会が問題の根幹にあることを指摘しています。
「情報とは停まったもので、生きて動いている存在ではない」、「自分だけのものとは、心ではなく、じつは身体である」、「人生の意味を問うというのは、若者たちの特権というわけでもない」、これらの言葉に、ある種の爽快感さえ覚えます。
養老氏の著作の多くがベストセラーになっているのは、そのような思い切りのよさが支持されているからかも知れません。
ただし養老氏自身は、他人がどう感じようがそんなことは気にせず、虫のことを考えているのかもしれません。

まともな人 養老孟司の時評 (中公文庫) Kindle版

バカの壁

養老孟司(著)「バカの壁」(新潮新書 2003/04)

養老孟司氏の著作を読む楽しみは、氏の常識にとらわれない思考に触れることにあるといってよいでしょう。

養老氏との対話を書き起こした本であるため、氏の独り言を聞いているような雰囲気も感じられます。

本書には、養老氏の他の著作にも通じる基本的な考え方が随所にみられます。

「結局われわれは、自分の脳に入ることしか理解できない」

「もともと問題にはさまざまな解答があり得るのです」

「人生でぶつかる問題に、そもそも正解なんてない。とりあえずの答えがあるだけです」

次の一文も一般常識とは正反対の解釈ですが、本書を読めばその真意がわかると思います。

「人間は日々変化するが、情報は固定化され絶対変化しない」

われわれがいつのまにか作ってしまった「壁」にとらわれずに、自分の頭でよく考えてみることの大切さに気づかされる書です。

養老孟司の大言論〈1〉希望とは自分が変わること

養老 孟司(著)「養老孟司の大言論〈1〉希望とは自分が変わること」 新潮社

季刊雑誌の「考える人」に、9年間にわたり連載した文章をまとめた三部作の第一作目。

内容は、紀行や虫の話から、日本社会と個人に関する氏の思想の根幹に及び、エッセイよりも深みがある。

氏の基本的な態度である、世間の常識を問い直すことから、真の言論が始まることを教えてくれる。

「個人心理など存在しない」

「他人への理解が遅れると、人生が遅れる。私の場合、六十五歳で本が売れたのは、遅きに失した。なぜ人生が遅れたかというなら、他人を理解することが遅れたからである。」(「個人主義とはなんだ」より)

なるほど。

(2012年1月19日 09:07)