天才の栄光と挫折 数学者列伝

藤原正彦(著)「天才の栄光と挫折 数学者列伝」
本書に登場する人物は、ニュートン、関孝和、ガロワ、ハミルトン、コワレフスカヤ、ラマヌジャン、チューリング、ワイル、ワイルズなど、歴史上偉大な発見をした数学者たちです。
これらの数学者たちの生涯を、時代背景や人間関係を踏まえて詳説したのが本書です。
その業績の紹介だけでなく、天才たちが生きた時代背景や、社会環境や家庭環境をつぶさに調べ上げ、歴史的な発見に至る過程を解き明かしてくれます。
著者は天才たちの生家や学舎を訪ね、彼らが生きた時代に思いを巡らせ、心の奥底まで推察します。著者の姿勢には、同じ数学者に対する共感ともいうべきものを感じます。
独特の臨場感と情緒に溢れた文体で、たとえ数学に興味がなくとも引き込まれるように読み進めることができ、天才と称される人々の人間像が鮮やかに浮かび上がってきます。
たとえば、ニュートンは再婚した母が住む教会の尖塔を思慕の念と怨念を込めて眺めていたのではないか、そしてそれがニュートンを宇宙の仕組みを通して神の声を聞くという態度に向かわせたのではないかと推察します。
本書を読むと、多くの数学者たちが家庭的、経済的、あるいは精神的に様々な困難を抱えていたこと、その発見が天才の閃きというより、超人的な努力と集中力の継続の上に成し遂げられたことがわかります。
天才といえども、軽々と歴史的な発見をした訳ではないのです(「数学の神様は自分に払われた犠牲より大きい宝物を決して与えない」コワレフスカヤの章より)。
もうひとつ興味深いのは、歴史上には発明・発見の世紀(時代)と呼ぶべき輝かしい瞬間が存在するということです。
プリンキピアの発行を渋っていたニュートン(1642-1727)に対して、ハレー(*1)、フック(*2)、レン(*3)などの働きかけが大きな影響を与えたこと、あるいはロシアのコワレフスカヤ(1850-1891)のドストエフスキー(1821-1881)への思慕の念など、様々なエピソードが紹介されています。
このような傑出した人物たちの交友関係や、歴史的な交錯とも言うべき邂逅は、世界史の断片的な知識では捉え得ないものです。
著者は、プリンキピアが書かれなかったら文明の発達は優に50年は遅れ、われわれはいまだ第二次世界大戦直後の状態にあったろうと指摘しています。
ここに、数学や自然科学の人類にとっての必要性と、それに携わるものとしての著者の自負が感じられます。
なお本書には多くの数学の定理名や専門用語が登場しますが、その意味を知らなくとも楽しく読み進めることができます(私も専門用語の意味するところはほとんど分かりませんでした)。
(*1)ハレー彗星の発見者:1656-1742。プリンキピアの刊行に大きく貢献した。
(*2)バネに関するフックの法則で有名:1635-1703。ニュートンの論敵であった。
(*3)ロンドン大火後の都市計画を先導した建築家:1632-1723。
(2007/8)

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