昭和の青春 日本を動かした世代の原動力

池上 彰(著)(講談社現代新書 2023)

1950年生まれの著者が、子供時代から社会人ーNHK記者ーとして生きてきた「昭和」という時代を、政治、経済、社会風俗という視点から紹介している。

第二次世界大戦後の復興期から、高度経済成長期へ、そしてバブル崩壊後の停滞期の主な出来事が、ニュース記事解説のように語られている。
田中角栄氏や皇室関係の話題はかなり詳細である。

本書で語られる出来事は、同時代を生きた人なら実感として分かるだろうが、若い世代にとっては、もはや昭和は「歴史」なのかもしれない。
 「歌声喫茶」― 吉祥寺駅ビルにもありましたな(昭和50年代)。

昭和とは、未曽有の経済成長を背景として社会が急速に変化した時代、と感じられる。

また、「昭和」という言葉の一般的なイメージは、テレビなどマスコミを通じて形作られたものではないか、という印象も受けた。

本書は、”Japan as Number One”といわれた1980年台を頂点として、そこに至るまでの30年、その後の30年という図式で読むこともできる。

成長が急速だった社会は、衰退も急速に進むのかもしれない。

『昭和の青春 日本を動かした世代の原動力』(池上 彰):講談社現代新書|講談社BOOK倶楽部 (kodansha.co.jp)

高度成長―「理念」と政策の同時代史

佐和 隆光 (著)「高度成長―「理念」と政策の同時代史」(NHKブックス)

昭和30年から45年までの高度経済成長の歩みを、経済白書の記述を丁寧に読み込むという作業によって掘り起こし、未曽有の成長をもたらした構造的な要因を解きあかそうとしたものです。
経済白書には、戦後復興から量的拡大への歩み、大きな政府への指向、その後40年代になった顕在化した公害問題などのひずみの認識、日本経済の構造的な課題として認識され続けてきた企業規模や地域の格差や跋行性などが記述され、まさに日本経済の歩みを写す鏡であったことがわかります。
国民所得倍増計画に代表される産業政策として量的拡大を目指した時代、技術革新と消費革命の時代、そして公共支出主導型経済への転換と生活の質の充実へと、いわゆるパラダイムの転換の考察が展開されています。
1984年刊行の本ですが、現在読んでみて、いくつか興味深い内容があります。たとえばIT社会を考えるうえで、次の一文に目がとまりました。
「いまにして思えば、昭和四〇年代の前半期に人びとが電子計算機に寄せた期待は、あまりにも過大にすぎたとしかいいようがない。人間社会の一切合切が、電子計算機のたすけを借りれば、たちどころに解読され、未来予測も思うがままであるかのように錯覚されていたのである。」(第三章 長期繁栄の光と影 P108より)
この文章の「昭和四〇年代」を「2000年代」に、「電子計算機」を「ウェブ(インターネット)」や「AI」に置きかえてみたらどうでしょうか。

高度成長―「理念」と政策の同時代史 (NHKブックス 単行本 – 1984/9/1)

ビル・ゲイツ未来を語る

ビル・ゲイツ (著), 西 和彦 (訳)「ビル・ゲイツ未来を語る」(アスキー – 1995/12/1)

インターネット社会が離陸した時代に、ビル・ゲイツ(1955-)が何を考え、どのような未来予測をたて、マイクロソフト社(1975-)がどこに進もうとしていたのかを知ることができる本です。
本書出版から四半世紀を経過した現在、ビル・ゲイツの展望の多くは現実のものとなり、情報化社会のたどってきた方向も予測に合致していることがわかります。

本書が書かれた時期は、ちょうどマイクロソフト社にとって分水嶺となった時期でした。
90年代初め、マイクロソフトはインターネットの影響を過小評価しており、独自のパソコン通信サービス(MSN)を提供していました。またブラウザの開発でネットスケープに遅れを取ったことも周知の事実です。

マイクロソフトの歴史を振り返ってみると、同社は時代の最先端を走っている企業ではないことがわかります。
二番手の位置に付けながら、時代の変化を注意深く読み最適なタイミングを捉えて戦略を実行してきた手腕は見事です。
パソコンOSの圧倒的なシェアと資金力、マーケティング力という強みを生かして、成長分野でトップの座を奪い取る、それが同社の基本的な戦略であるといえます。

ビル・ゲイツが情報化社会の行方を正しく見据え、マイクロソフトを巨大企業に成長させた要因としては、ビル・ゲイツの資質だけでなく、同社がソフトウェアを生業とすることが大きいでしょう。
ソフトウェアには、プログラムしだいで何でもできるという柔軟性や、大規模な製造設備を必要としないこと、製品開発に成功すれば限界費用が極めて少ないといった特性があります。
これらソフトウェアの持つ特性は、企業が環境変化に対応して生き残るための大きな鍵となります。
ハードウェアメーカーの多くが、急激な技術革新とコンピュータの利用形態の変化によって淘汰されたことと比べれば、その違いは非常に大きいと思います。

マイクロソフトは、かつてのOSとパッケージソフトウェアの販売から、Azureを中心としたクラウドサービスに軸足を移しました。

執筆当時のビル・ゲイツは、このような変化を予想していたでしょうか。

ザ・ブランド―世紀を越えた起業家たちのブランド戦略

ナンシー・F.ケーン(著),樫村 志保(訳)「ザ・ブランド―世紀を越えた起業家たちのブランド戦略」 (Harvard business school press 2001/11)

18世紀の「ウェッジウッド」から1980年代の「デル・コンピュータ」まで、世界的な有名ブランドについて、起業家の生い立ち、ブランドの誕生、成長、組織の変革などを歴史学者の視点で分析したものです。
取り上げているブランドは上記の他に、「エスティ・ローダー」、「ハインツ」、「マーシャル・フィールド」、「スターバックス」の計6ブランドです。

著者は冒頭で「起業家、そして彼らと消費者の関係について筆者が抱いていた一連の疑問を形にしたものである」と述べているように、顧客関係が本書の大きなテーマとなっています。
歴史学者らしいアプローチの書で、膨大な資料を紐解いて、企業家の生涯や、当時の時代背景について多くのページが割かれています。

著者は、これらのブランドが世界的なブランドとして認知された要因として、社会・経済の変化が消費者ニーズや欲求に与える影響を理解していたこと、顧客との関係を築き上げたこと、買い手を満足させ好みの変化を予測するための組織を作り上げたことを指摘しています。

たとえばウェッジウッドの章では、同社が、
・製品の開発、改良に力を注いだこと
・中産階級の台頭に伴う上昇志向と模倣消費という機会をとらえたこと
・王侯貴族御用達というイメージ形成に力を注いだこと
・製品に自分の名前を押印し模倣品を排除したこと
・ショールームの開設などの近代的マーケティング手法を導入したこと
・労働者の組織化や生産管理の導入により品質の安定をはかったこと
などが、ブランド確立につながったことがわかります。

ブランド論は多々ありますが、ブランド確立の要因を、歴史的事実の積み重ねと、顧客関係から追求した視点に、学術書としての深みが感じられます。

企業戦略論【上】

J・B・バーニー(著),岡田 正大(訳)「企業戦略論【上】基本編 競争優位の構築と持続」(単行本)

MBAのテキストとしてかかれたもので、原題の”GAINING AND SUSTAINIG COMPETITIVE ADVANTAGE “が示すように、競争優位性の獲得と維持がテーマです。邦訳は原著を上・中・下に分けた3巻構成となっています。
著者のJ・B・バーニーは、RBV(1)の第一人者で、大手企業の戦略コンサルティングを行い、また在職した3つの大学で計5度の「ティーチング・アウォード」を受賞しているとのことです。 本書の内容は、経営戦略の定義(「ミッションと目標を達成するための手段」)から始まり、SCP(2)モデルとSWOTフレームワークに基づく脅威・機会、強み・弱みといった事項の体系的な解説が続き、RBV、VRIOフレームワーク(3)に展開されています。 SWOT分析はバランス・スコア・カードによる戦略策定でも必須のプロセスですが、機会・脅威・強み・弱みの項目を抽出するのはなかなか骨の折れる作業です。 本書ではM.E.ポーターの理論に拠り、脅威の項で「新規参入・競合・代替品・供給者・購入者」という5要素の詳しい解説がなされ、機会の項では「市場分散型業界・新興業界・成熟業界・衰退業界・国際業界」といった業界特性別に、着目すべき機会について述べられています。 これらの着眼点を理解することにより、SWOT分析の質が向上することは容易に想像できます。 講義を念頭においているためか、重要な事項については何度も繰り返し、企業の例やモデルを示しながら説明されています。 体系的で網羅的な論理展開、平易な文体とわかりやすい表現で記述された優れたテキストです。 上巻は300ページほどの分量ですが、経営学の専門書としては異例に読みやすく理解しやすい本です。 中・下巻の内容については後日紹介したいと思います。

(1)RBV(resource-based view)・・・経営資源に基づく視点。企業の競争優位の源泉として、内部資源に注目する経営戦略理論。
(2)SCP(structure,conduct,performance)・・・業界構造-企業行動-パフォーマンスの関係を理解する方法論。
(3)VRIO(value,rarity,inimitability,organization)・・・価値、稀少性、模倣困難性、組織についての問いからなるフレームワーク。

[新版]企業戦略論【上】基本編 戦略経営と競争優位 (単行本 – 2021/12/8)

企業戦略論【中】

J・B・バーニー(著),岡田正大(訳)「企業戦略論【中】事業戦略編 競争優位の構築と持続」 (単行本 2003/12刊)

No.127で紹介した バーニーのMBAテキスト「企業戦略論」3巻構成の中巻は、垂直統合、コスト・リーダーシップ、製品差別、柔軟性、暗黙的談合の5つの章から構成されています。
競争優位性の主要課題であるコスト・リーダーシップと製品差別化の方法については、ポーターの「競争の理論」の解説だけではなく、脅威や機会、組織構造と関係づけて、体系的・網羅的に扱われています。
第6章「垂直統合」では、バリューチェーンにおける垂直統合の価値、取引費用理論に基づく統治の選択肢、そしてリソース・ベースの視点から見た垂直統合戦略が説明されています。
企業の垂直統合度が、売上高付加価値率を示す簡単な式でおおよその見当がつくというのはひとつの発見でした。
また、「一般的人的資本投資」(*1)という概念にも共感を覚えました。
第7章「コスト・リーダーシップ」では、規模の経済、経験の差がもたらす学習曲線による経済性、技術上の優位などコストリーダーシップをもたらす要因と、こうした競争優位を最大化するための組織体制について解説されています。
「競合を下回る価格を設定すれば、競合に対してさらなるコスト削減が可能であるというシグナルを送ることになる。」(p89)という指摘にも納得させられます。
安易な低価格戦略は、レッド・オーシャンへの道ですね。
第8章「製品差別化」では、ポーターの「競争の戦略」から製品差別化を行う方法が紹介され、また実証研究から導き出された差別化要素、経営組織との関係、バランス・スコアカードについても触れられています。
「製品差別化とは、最終的には、常に顧客の認知の問題である」(p113-114)という指摘は、肝に銘じるべき言葉です。
第9章「柔軟性」では、戦略の選択における不確実性の問題が扱われ、金融オプション理論に基づくリアルオプション理論の手法が説明されています。
難解な数式を3つのステップに分解し、わかりやすく説明する手法には、ティーチング・アウォードを5回受賞したバーニーの神髄があらわれています(それでもすらすらとは読めない部分でした)。
最後の第10章「暗黙的談合」では、協調問題と裏切りについて解説されています。

(*1)general human capital investments・・・blogを書くこともそうですね。

[新版]企業戦略論【中】事業戦略編 戦略経営と競争優位 (単行本 – 2021/12/8)

ザ・テクニカルライティング

高橋 昭男 (著)「ザ・テクニカルライティング―ビジネス・技術文章を書くためのツール」


出版されたのは1993年とやや古いものの、正しいビジネス文章・技術文章を書くための実践的で非常に役に立つ本です。
著者は「もっと良い日本語を書きたいという一心で」いろいろな文献を読み漁り、200万字に及ぶデータベースとして整理したとのことです。その資料を活かして生まれたのがこの本です。
内容はきわめて具体的、かつ実践的です。
・「技術文章では正確さと品位を必要条件とし、わかりやすさ、読みやすさを十分条件とする。」(技術文章の四大要素 より)
・「1文50文字以内に収める」(短い文章を書く より)
・「5時にならないと帰って来ません」というような、二重否定の文章は避ける(明確な文章に徹する より)
・「箇条書きの文章には、句点(。)を付けない。」(もっとスリムに より)
・「推定の文章はマニュアルでは使えない。」(日本語の特徴を活かす より)
他にも、形容詞や助詞の正しい使い方、同音/同訓語の使い分け、読点の付け方などについても、具体例をあげて詳細に説明されています。
報告書や日報、企画書やプレゼンテーション資料、電子メールなど、ビジネス文章を書くことは、仕事のなかでも大きな位置を占めています。
また製品のマニュアルなどは、誤解を生む記述があれば大きな問題を引き起こす恐れがあります。
このようにビジネス文章を書く機会は非常に多いのに、そのための体系的な教育を受けた覚えのある人はほとんどいないのではないでしょうか。。
一冊備えておいて時折目を通すだけでも、文章の品質が向上すると思います。

ザ・テクニカルライティング―ビジネス・技術文章を書くためのツール( 共立出版 単行本 – 1993/5/20)

資本主義の終焉と歴史の危機

水野 和夫(著)「資本主義の終焉と歴史の危機」 (集英社新書)

資本主義の生成、拡大、危機を迎えるに至ったメカニズムを、16世紀以来の世界史的視点と融合させて解き明かした書。
「投資しても利潤の出ない」時代を迎え、「成長」志向は解決策にならないという。
実に幅広い分野を含んだテーマであるが、文章は分かりやすく読みやすい。
ビジネス書として好評であるが、500年に一度の大転換期に生きるすべての人にとっての必読書といえる。

スーパーエンジニアへの道―技術リーダーシップの人間学

G.M.ワインバーグ (著),木村 泉(訳)「スーパーエンジニアへの道―技術リーダーシップの人間学」 (単行本)

副題にあるように、技術によるリーダーシップというテーマを中心に、技術者が人間としていかに成長すべきかを語ったものです。原題は”Becoming a Technical Leader : An Organic Problem-Solving Approach”となっています。「スーパーエンジニア」という邦訳にも妙があります。

著者のG.M.ワインバーグは、本人の言葉を借りれば、商用コンピュータの黎明期にIBMシステムのプログラミングの「大名人」だったそうです。
その著者の前に、高速・大容量のハードウェア、二進法さらには十六進法という「新しい教義」や新たなプログラミング言語が出現し、著者の技術的優位性を無にするような事態が訪れます。

このような「谷間を乗りこえて」、いかに成長し生き残ってきたかを自伝的に語りながら、技術者として生きる道を説いています。

著者によれば、大規模なシステム開発の「ほとんど全部が少数の傑出した技術労働者の働きに依存している」ということです。
このような技術リーダーは、旧来のアメとムチ型のリーダー像とは質的に異なるものです。
著者は、いかにすればそのような影響力を持った技術リーダーになれるのか、その秘密を明らかにしていきます。

慣れ親しんだ技術に安住するのではなく、未知の新しい技術の世界へ挑戦することの大切さや、その時感じる痛みや苦しみ、新しい世界に到達したときに感じる、新たな地平線を見いだしたような喜び、さらには技術の第一線からマネジメント領域への移行についても語られています。

各章の最後には、読者に対するいくつかの問いが提示されており、深く考えさせられます。
比喩や逆説を多用したワインバーグ独特の文章で、初めての人にはとっつきにくいかもしれませんが、技術者の人間的成長についての傑出した名著です。

「くる年もまたくる年も、無言の苦しみのうちに、
彼のつややかな渦巻きは広がった。
・・・
もっと壮麗な舘を築くがよい、心よ、
季節はすばやく通りすぎるのだから。
過去の低い屋根から抜け出るがよい!
・・・」
第四章 リーダーはどう育つか より
(オリバー・ウエンデル・ホームズ 「おうむ貝」)

(2007年12月14日)

歴史の哲学―そこから未来を見る (ドラッカー名言集)

P・F・ドラッカー (著), 上田 惇生(訳)「歴史の哲学―そこから未来を見る (ドラッカー名言集)」 (ダイヤモンド社 2003/10)

ドラッカー名言集のなかの一冊です。

著者の言葉によれば、「本書は、私が社会について歴史から学んだことを集大成したものである」とのこと。
本書では、大転換期における知識革命、組織、社会、マネジメント、経済・政治・国家の変容、少子高齢化といったテーマにしたがって、ドラッカーの著作から箴言が引用されています。

「歴史にも境界がある。・・・1965年から73年のどこかで、世界はそのような境界を越え、新しい次の世紀に入った」(新しい現実)

「マネジメントとは事業に命を与えるダイナミックな存在である。そのリーダーシップなくしては、生産資源は資源にとどまり、生産はなされない」(現代の経営)

「大切なことは人文科学や一般教養と言われるすべてのものを、現実に照らし、意味あるものにすることである。人文科学を再びあるべき姿に戻すことである。物事を理解する光とし、正しい行動を示す指針とすることである」(新しい現実)

いずれの言葉からも、ドラッカーが社会を冷静な目で観察し、その変容の本質を見抜いていたことが伺われます。

1ページに1文の構成で読みやすい本ですが、先を急がず、短い文章に込められたドラッカーの意図を考えながら、味読したい書です。

本書をドラッカーの世界への手引書と捉えて、各著作にアプローチするのがよいでしょう。

(2008年5月27日)