遥かなるケンブリッジ

藤原 正彦 (著) 「遥かなるケンブリッジ 一数学者のイギリス」 (新潮文庫 – 1994/6/29)  

名エッセイ「若き数学者のアメリカ」、「国家の品格」の藤原正彦氏(1943-)のイギリス滞在記です。
文部省の長期在外研究員として、1987年から約1年の予定でケンブリッジ大学に赴いたときの出来事を綴ったもので、今回は妻子を連れての滞在です。「私は研究に専念するため、妻子を連れて来た」という言葉に、氏の人間性がうかがわれます。
「若き数学者のアメリカ」で描かれた初めての外国暮らしの時と比べ、全体に気負いが少なく、落ち着いた調子が感じられます。
郊外に広がる田園の見事さ、古いものを大切にする生活様式、米語とはリズムの異なる英語、階級社会の実態等、老大国とよばれるイギリスの姿が生き生きと描かれています。
例えば、藤原氏がカレッジの芝生の見事さをほめると、案内してくれたリチャード博士は「四百年ほど丁寧な手入れを続ければこうなる」とさらりという。このような会話の端々にイギリス人の自国の伝統に対する絶対の自身があらわれています。
オックスフォードとケンブリッジの比較や、多くの数学者や住民との出会いや交流が展開しますが、次男が学校でいじめに合うという事件が発生し、この出来事について合わせて3章を費やし、階級社会や人種差別といった負の側面が描かれています。
締めくくりとして、イギリスとイギリス人に対する藤原氏の見解が述べられています。
「イギリス人は何もかも見てしまった人々」であり、「懐の深い熟年の美学」に魅かれるというのが、藤原氏のイギリス評となっています。