鹿島 茂(著)(2013年 NHK「100分で名著」ブックス)
いつかは読みたいと思いながら、書店で手にするとその分量と、断片的な内容に躊躇していた「パンセ」。
NHK TV番組を元にした解説本があったので、ようやく読む気になった。
39歳で亡くなったパスカル(1623-1662)が生前書きためた断片的な考察を、遺族や編者が整理しまとめたもので、原題は「死後、書類の中から発見された、宗教およびその他の若干の主題に関するパスカル氏のパンセ(思索)」。
前半は、就職や仕事で悩む現代の人々に対して、パンセの中から考える方向性を見いだすという構成である。
「わたしたちがどんな状態にいても、自然はわたしたちを不幸にするものである。わたしたちの願望が、もっと幸福な状態というものをわたしたちの心にえがきだしてみせるからだ」
「人間は一本の葦にすぎない。自然の中でも最も弱いものの一つである。しかし、それは考える葦なのだ。・・・たとえ宇宙が人間を押し潰したとしても、人間は自分を殺す宇宙よりも気高いと言える。なぜならば、人間は自分が死ぬことを、また宇宙のほうが自分よりも優位だということを知っているからだ」
「人間は小さなことに対しては敏感であるが、大きなことに対してはひどく鈍感なものである」
「時代は苦しみを癒やし、争いを和らげる。なぜなら人は変わるからである。人はもはや同じひとではない」
同時代を生きたルネ・デカルトとの対比が興味深い。
ふたりは実際の交流もあったようである。
「我考える、ゆえに我あり」というデカルトの宣言に対し、パスカルも考えることを人間の本質と捉えたが、絶対視はせず、自然界に置かれた人間という謙虚な思想がうかがえる。
福岡伸一氏の寄稿によれば、「この世界はすべて因果関係で成り立っており、メカニズムとして理解できる」というデカルトに対し、「私たちは動的な存在であり、世界も動的」、「同一性は、常に揺らいでいる」のパスカル。
デカルトの思想が作り上げた現代社会が様々な問題を生んでいるという指摘は、養老孟司氏のいう「脳が作り上げた、ああすれば、こうなる社会」にも通じる。
パンセの後半を占める思想は、パスカルがカトリック改革派(ジャンセニスム)の信仰に帰依したことから、キリスト教の擁護という意味合いも強い。