ヒトの壁

養老 孟司 (著) ヒトの壁 (新潮新書 2021)

NHK-TV「まいにち養老先生 ときどき まる」の放送以来、「猫『まる』の飼い主として知られている」養老孟司の2021年の著作。

「人生を顧みて、時々思うことだが、私の人生は、はたして世間様のお役に立っただろうか。
徹底的に疑わしい」

というまえがきで始まり、自身の突然の大病、小学校時代からの思い出、コロナ禍やAIなどの時評、愛猫『まる』との別れなどが綴られる。

「人は本来、不要不急」

「五輪選手の身体は異常値を出す」

「現状は必然の賜物である」

など、意表を突くようなタイトルが続くが、

脳が作り上げた社会に埋没しないこと、

個性の強調よりも共感が大切、

自然の中で体を使うことなど、氏の基本的な考え方は一貫している。

半分生きて、半分死んでる

養老孟子(著)「半分生きて、半分死んでる」(PHP新書 – 2018)

雑誌に連載された時評をまとめたもので、話題は社会・経済・政治・軍事から人工知能まで多岐にわたるが、森羅万象を解剖するかのような独自の視点は、以前の著作から一貫している。

「頭の中はすぐに煮詰まる。意識は煮詰まるものなのである。」

人口減少と高齢化という問題についても、煮詰まった結果だという。

「宇宙を考えるなら、自分を地球の一部分として見なくてはいけない。その意味では環境なんてない。自分と環境のあいだに切れ目はないからである。」

脳が作り上げた「ああすれば、こうなる」という社会、情報過多で刺激と反応が限界に差し掛かっている社会には基本的な問題がある、という指摘には納得させられるものがある。

「人の性質の多くをノイズと見なし、そうでない部分を情報として処理する。そういう世界に、現実の人間としての未来はない。」

結語は、「自分の生き方くらい、自分で考えたらいかが。」

ガルブレイス わが人生を語る

J・K・ガルブレイス(著)「ガルブレイス わが人生を語る」(日本経済新聞社)
著名な経済学者であるガルブレイス(1908-2006)の回想。初出は日本経済新聞「私の履歴書」(2004年1月連載)です。
「ゆたかな社会」、「不確実性の時代」といった著書で知られるガルブレイスが、自らの人生と20世紀の様々な出来事との関わりを綴ったものです。
ガルブレイスはカナダの農家に生まれ育ち、農業大学で農業経済学を学び、カリフォルニア大学バークレイ校、ハーバードと進み、やがてケインズ理論と出会い、大きな影響を受けます。
その後、ルーズベルト大統領の元でニューディール政策に携わったり、ケネディ政権ではインド大使を務め、ジョンソン政権でも重要な役割を果たし、またフォーチュンでジャーナリストとして執筆を行ったりと、経済学者という範疇を超えて多面的な活躍をしてきたことがわかります。
本書の言葉を借りれば、 「社会科学は現実社会にどう役立つかで試されなければならない。」、この姿勢を自ら忠実に実践してきたのが、ガルブレイスの人生のように思われます。
淡々とした表現の中にもユーモアと、時代と社会に対する箴言を忘れないのがガルブレイスらしいところです。
「経済学者が書いた論文にはとりわけ難解なものが多いが、これはテーマが難しく深遠だからではない。十分にその問題を考え抜いたうえで書いていないことに根本的な原因がある。」
全編を通じて感じるのは、ガルブレイスが多彩で活動的な人生を送ってきたことです。彼の著書に擬えれば、「ゆたかな人生」といえるでしょう。
日本と日本人に対する心情もあふれています。
(2007)