二十世紀から何を学ぶか(上)

寺島 実郎 (著) 「二十世紀から何を学ぶか(上) 一九〇〇年への旅 欧州と出会った若き日本」

著者の寺島実郎氏は日本総合研究所理事長で、テレビや新聞に度々登場し、国際的な視点から経済、政治、環境問題等を、鋭く説得力のある言葉で論じています。
本書は20世紀の始まった年、1900年前後に欧州に渡った日本人が、何を考え、その後いかに行動したかを確認することにより、日本人にとって20世紀という時代の持つ意味を考察しようというものです。
登場する人物は、海軍軍人秋山真之から始まり、夏目漱石、西園寺公望、川上音二郎、クーデンホーフ(青山)光子、広瀬武夫、森鴎外、三井物産創業者益田孝と多彩な顔ぶれです。
情報化社会のはるか以前の話であり、ほとんど予備知識らしいものを持たずに日本を出国し、欧州の実態に直面することになります。
時代と格闘するという言葉がありますが、1900年当時の欧州と日本との違い(格差)を考えると、登場人物たちが如何に大きな衝撃を受けたかが想像されます。
そしてこの時の経験が、その後の思考や行動に大きな影響を与えることとなります。
彼らの多くは政府や財界の指導者層であったがゆえに、帰国後は他の日本人に直接・間接的な影響を及ぼすこととなります。
著者は、これらの人物と比べ現代の日本人には「考える」姿勢が欠けているのではないかということを指摘しています。
夏目漱石の日記の一文が引用されていますが、背筋が正される思いがします。
「未来は如何あるべきか。自ら得意になる勿れ。自ら棄る勿れ。黙々として牛の如くせよ。孜々として鶏の如くせよ。内を虚にして大呼する勿れ。真面目に考へよ。誠実に語れ。摯実に行へ。汝の現今に播く種はやがて汝の収むべき未来となつて現はるべし」(一九〇一年三月二十一日付)

二十世紀から何を学ぶか〈上〉一九〇〇年への旅 欧州と出会った若き日本 (新潮選書) 単行本 – 2007/5/1

ゆたかな社会

J・K・ガルブレイス (著),鈴木 哲太郎 (訳)「ゆたかな社会」

ガルブレイスの代表作で、初版は1958年と、もはや古典の域に達した著作です。
私の手元にあるのは第三版(四刷)で、1983年発行のものです。久しぶりに箱から出したら、表紙を包んでいるパラフィン紙がすっかり褪色していました。
購入したのは大学を卒業して社会に出た頃です。なぜこの本を読もうと思ったのかは定かではありませんが、社会で働くようになり考えることがあったのかもしれません。
ガルブレイスは序論のなかで、本書の執筆の動機を語っています。
「私は、われわれが、公的サービスをおろそかにし、生産増加の一般的な治療的な力にこれほどまでの信頼を寄せることによって、深刻な社会的な病をおびきよせているのだ、という確信に貫かれてきた」
この本は、ガルブレイスが第二次対戦前後に傾倒したケインズ主義から、彼自身を引き離す努力の結実ともいえます。
ガルブレイスが取り上げたテーマは、「ゆたかな社会」の背後に厳然として存在する「貧困」の問題です。当初彼が考えていたタイトルは「なぜ人々は貧しいのか」というものでした。
多くの経済学者がいわば放置してきた「貧困」を、ガルブレイスは看過できなかったのです。
内容は多岐に渡りますが、経済学の専門書としては比較的読みやすいほうです。第二章「通年というもの」がやや抽象的で、独特の言い回しを理解するのに骨が折れますが、ここを突破すればあとは比較的楽しんで読めると思います。
昨今の流行語となった格差社会を考えるうえでも、多くの示唆を与えてくれます。
現在入手しやすいのは、2006年刊の「ゆたかな社会 決定版」 (岩波現代文庫)です。

話し方入門

D.カーネギー(著),市野 安雄(訳)「話し方入門」

自己啓発本としてあまりにも有名な「道は開ける」、「人を動かす」の著者であるデール・カーネギーの原点ともいうべき著作です。
話し方教室の講師であったカーネギーは1926年に”Public Speaking and Influencing Men in Business”を著していますが、それを編纂し直したものが本書です。
カーネギーは、良い話し手になるための秘訣として次のような要素をあげています。
・勇気と自身を養うこと
・周到に準備すること
・有名演説家に学ぶこと
・わかりやすく話す
・聴衆に興味を起こさせる
・言葉づかいを改善する
他にも、態度と人柄について、スピーチの始め方・終わり方などについて、具体的にどのように行動すればよいのかが説かれています。
「自分の個性を最大限生かしたいと思うなら、しっかり休養してから聴衆の前に現れましょう。疲れた話し手には人を引きつける力も魅力もありません。」(第7章 話し手の態度と人柄 より)
本書でカーネギーが述べている内容は、ほとんどそのまま現代でも通用するものです。
プレゼンテーションにおいても、「話し方」が聞き手に最も大きな印象を与えます。
話し方を学ぶことに抵抗を感じる人が多いようですが、ひとつの技術、技能として学びたいものです。

新ネットワーク思考

アルバート・ラズロ・バラバシ(著),青木 薫 (訳)「新ネットワーク思考―世界のしくみを読み解く」

副題にあるように、「ネットワーク」によって世の中の様々な事象を説明しようという新しい理論を紹介した本です。
「ネットワークは、ウェブ上の民主主義からインターネットの脆弱さ、そして恐るべきウィルスの広がりまで、さまざまな問題を理解するための新しい枠組みなのである。(序より」)」
著者は物理学者で、インターネットの構造を研究しているうちに、さまざまなネットワークに共通する仕組みを発見したことで注目されています。
例えば「六次の隔たり(六次元モデル)」という概念があり、6人の知り合いを順にたどってゆけば世界中の誰にでも辿り着けるということがいわれていましたが、インターネットの世界を調査してみたところ、19ほどのリンクをたどることにより、あらゆるサイトに到達できるという、いわば「19次の隔たり」構造をしているのことがわかったのです。
このようなコンピュータ・ネットワークに似た「ハブとリンク」構造で、世の中の事象の多くが説明できるということです。
本書はトポロジーの考え方や成長するネットワークなど、新しい分野の科学を解説する本ですが、身近な例を取り上げなるべくわかりやすく説明しようという姿勢が感じられます。
本書を読めば、インターネットに限らず成功者がますます成功するような仕組みが、ネットワーク構造に由来するものであることがわかると思います。
また、著者らが研究を進めるうちに徐々に核心に迫っていくような展開がなされており、ネットワーク研究のドキュメンタリーとしても興味深く読むことができます。

新ネットワーク思考―世界のしくみを読み解く (単行本 – 2002/12/26)

宇宙からの帰還

立花隆が、アメリカ人宇宙飛行士たちに膨大な時間をかけ、相手の真意をくみ取ることに注力したインタビューをおこない、説得力と臨場感にあふれた文章としてまとめたものである。

大気圏外から地球を眺める、月まで往って還ってくる、宇宙遊泳をするといった体験が、その後のものの見方や考え方、人生観、宗教観、哲学などに大きな影響を与えたことがわかる。

大半の宇宙飛行士は、宇宙から眺める地球の信じられない美しさに感嘆するとともに、「模範的・典型的な」アメリカ人であるためか、宇宙に神的なものの存在を感じたという体験が多い。

最終章で登場するラッセル・シュワイカートは、神的なものは特に感じなかったという。そのかわり、地球がひとつの生命体であることを確信したという。ちょうど人間の体内にさまざまな他の生命体が宿っているように、地球もさまざまな生命体から構成されたひとつの有機体であるという知見は新鮮である。

「癒す心、治る力―自発的治癒とはなにか」

アンドルー・ワイル(著),上野 圭一(訳) 「癒す心、治る力―自発的治癒とはなにか」 (角川書店)
西洋医学以外の代替医療全般と、自発的治癒について解説した啓蒙的な本で、世界的なベストセラーになりました。
内容は、治癒系の仕組み、こころが治癒に果たす役割、治癒系を最大限に活かす方法、様々な代替医療による治癒の事例、病気になったときの治療法の選びかた等です。
多くの事例の中で、オステオパシー医のフルフォード博士(*1)に多くのページが割かれています。
フルフォード博士との出会いが、著者にとって代替医療全般への転機となっています。
オステオパシーでは、出生時の呼吸やその後の外傷等によって頭蓋骨や仙骨の動きが制約されていることが様々な病気の原因であると考え、その制約を緩めるため手技による治療を行うということです。
著者がフルフォード博士から学んだのは、
・「からだは健康になりたがっている」
・「治癒は自然の力である」
・「からだはひとつの全体であり、すべての部分はひとつにつながっている」
・「こころとからだは分離できない」
・「治癒家の信念が患者の治癒力に大きく影響する」 といったことです。
なお、著者のアンドルー・ワイルはハーバード大学医学校を卒業した医学博士であり、現代医学を否定しているわけではありません。 治癒系の仕組みの項では、DNAレベルや酵素による修復メカニズムが詳しく説明されています。
また、緊急を要する症状の場合は現代医学(救命救急治療)が最良の選択であることも強調されています。
本書で紹介されている様々な代替医療に素人判断で飛びつくのではなく、こころの果たす役割に注目したいと思います。 つまり「こころの転換が、治癒の扉を開けるマスターキーなのかもしれない。」ということです。
(*1)「いのちの輝き―フルフォード博士が語る自然治癒力」の著書があります。

ファンタジーの発想

小原 信 (著) 「ファンタジーの発想」(新潮選書)

よく知られた5つの名作を解説しながら、ファンタジーの大切さと心の豊さを教えてくれる本です。
紹介されている物語は、「星の王子さま」、「モモ」、「はてしない物語」、「銀河鉄道の夜」、「ライオンと魔女ナルニア国ものがたり」の5つです(私は第2章「時を心に刻む-M・エンデ『モモ』」が特に気に入りました)。
倫理学者である著者が本書で伝えようとした願いは、つぎのとおりです(*1)。

・人間の人間らしさを、大人としての自分がみつけ出すこと。
・大人としての自分が失ってきたものが何だったのかを知って出直すこと。
・自分の自分らしさや思い出を回復すること。
・いま生きているじっさいの世界が、色とりどりのひろがりをもった多重構造になっていることを見直すこと。
・かつて自分が読んで感銘を受けたことを心にとどめてたえず考え直していくこと。

それぞれの物語を読んで著者が感じたことを語りかけながら、現代人が見失ってしまったものは何かを問いかけます。

「自分の求めているものが、いまここにすべてある、というかたちで生きられる人はいない。いつも求道心とかあこがれのこころをもって、かしこには空気が澄み、われわれのこころもそのように澄みわたるのだろうという予感をもって、いまの生活を耐えながら生きていく。」(*2)

「感動する人は感動できる人であり、恋をする人は恋のできる人である。われわれが善意や愛を知ることから、それをじっさいに生きることまでにはわずかだが大きなギャップがあり、それを乗りこえていくことは、現実の世界にファンタジーを見ることからはじまる。」(*3)

引用が長くなりましたが、やさしく語りかけるような文章のなかに、深く豊かな倫理学の世界が広がります。
(*1)(*2)(*3)・・・いずれも「はじめに」より抜粋

硝子戸の中(がらすどのうち)

夏目漱石最晩年の随想。

「他ひとの事と私の事をごちゃごちゃに書いた」とあるように、苦悩を打ち明けに漱石の元に来訪する人々の身の上談や、小供の時の思い出、母や兄弟への思いが、落ち着いた文体で綴られている。

たどり着いた境地は次のように表現される。

「私の父母、私の祖父母、私の曾祖父母、それから順次に溯ぼって、百年、二百年、乃至千年万年の間に馴致された習慣を、私一代で解脱する事ができないので、私は依然としてこの生に執着しているのである。
だから私の他に与える助言はどうしてもこの生の許す範囲内においてしなければすまないように思う。
どういう風に生きて行くかという狭い区域のなかでばかり、私は人類の一人として他の人類の一人に向わなければならないと思う。すでに生の中に活動する自分を認め、またその生の中に呼吸する他人を認める以上は、互いの根本義はいかに苦しくてもいかに醜くてもこの生の上に置かれたものと解釈するのが当り前であるから。」

そして、文章が美しい。

「まだ鶯が庭で時々鳴く。
春風が折々思い出したように九花蘭の葉を揺かしに来る。
猫がどこかで痛く噛まれた米噛を日に曝して、あたたかそうに眠っている。
先刻まで庭で護謨風船を揚げて騒いでいた小供達は、みんな連れ立って活動写真へ行ってしまった。
家も心もひっそりとしたうちに、私は硝子戸を開け放って、静かな春の光に包まれながら、恍惚とこの稿を書き終るのである。
そうした後で、私はちょっと肱を曲げて、この縁側に一眠り眠るつもりである」

うらやましいくらい穏やかな春の日である。

文明の旅

森本 哲郎(著)「文明の旅―歴史の光と影」(新潮社)

初版は1967年、古典に分類してよい本かもしれません。
森本哲郎(1925-)氏が1963年から1965年にかけて、朝日新聞の特派員として旅した世界を、味わい深い文章で綴る名著です。
著者の旅は、アルジェリアのオランから始まり、古代の都バビロン、ヨルダンの赤い都ペトラ、ギリシャ、エジプトを経て、アフリカ、インド、ヨーロッパ各地におよびます。
かつて栄華を極めた地域の多くが、年月とともに変容した姿で著者を迎えます。
サブタイトルの「歴史の光と影」は、かつての繁栄(光)と現在の姿(影)を示しています。
単なる紀行文ではなく、その土地の歴史に思いを巡らせ、文明や人間の営みに対しての深い思索が展開されています。
1960年代といえば、まだ海外旅行もめずらしい時代でした。必然的に、旅への思い入れも深くなります。
著者の新聞社特派員(当時)という肩書から推察されるような、ジャーナリスティックな雰囲気は感じられません。
旅の出来事を伝えながら、過去に思いを馳せ、さまざまな文献を引用し、歴史とは何かを考えさせてくれます。しめくくりはニーチェの引用となっています。
誠実で表現力に富んだ文体を通して、本書が出版された40年前の時代の雰囲気も伝わってきます。
観察、内省、表現・・・精神の豊穣な時代でした。

絶版ですが、オークションや古書店で入手可能です。

(2008年1月30日)

人を動かす

デール・カーネギー (著),山口 博(訳)「人を動かす」(単行本)

デール・カーネギーの著書はこれで3冊目の紹介で、「道は開ける」とともにミリオンセラーを続けている代表作です。

「人を動かす」という書名には、処世術を説くハウ・ツー本のような響きを感じますが、内容はカーネギーの他の著作と同じように、数多くの人間研究から生まれた奥深いものです。ちなみに原題は、”How to Win Friends and Influence People” です。

内容は、人を動かす三原則、人に好かれる六原則、人を説得する十二原則、人を変える九原則という構成になっており、その一部を紹介すると次のようなものです。

「人を動かす三原則」

●原則1 批判も非難もしない。苦情もいわない。

●原則2 率直で、誠実な評価を与える。

・・・

「人に好かれる六原則」

●原則1 誠実な関心を寄せる。

●原則2 笑顔で接する。

・・・

「人を説得する十二原則」

●原則1 議論に勝つ唯一の方法として議論を避ける。

●原則2 相手の意見に敬意を払い、誤りを指摘しない。

●原則3 自分の誤りをただちにこころよく認める。

・・・

「人を変える九原則」

●原則1 まずほめる。

●原則2 遠まわしに注意を与える。

●原則3 まず自分の誤りを話した後、注意を与える。

カーネギーが伝えたかったメッセージは、相手の人間性を尊重し、誠実に相対することがもっとも重要で、その姿勢が人を動かすということでしょう。

巻末には「幸福な家庭を作る七原則」が付されています。

カーネギーの他の著作とともに、座右に置いて読み返したい名著です。

(2007年12月13日)