ザ・ブランド―世紀を越えた起業家たちのブランド戦略

ナンシー・F.ケーン(著),樫村 志保(訳)「ザ・ブランド―世紀を越えた起業家たちのブランド戦略」 (Harvard business school press 2001/11)

18世紀の「ウェッジウッド」から1980年代の「デル・コンピュータ」まで、世界的な有名ブランドについて、起業家の生い立ち、ブランドの誕生、成長、組織の変革などを歴史学者の視点で分析したものです。
取り上げているブランドは上記の他に、「エスティ・ローダー」、「ハインツ」、「マーシャル・フィールド」、「スターバックス」の計6ブランドです。

著者は冒頭で「起業家、そして彼らと消費者の関係について筆者が抱いていた一連の疑問を形にしたものである」と述べているように、顧客関係が本書の大きなテーマとなっています。
歴史学者らしいアプローチの書で、膨大な資料を紐解いて、企業家の生涯や、当時の時代背景について多くのページが割かれています。

著者は、これらのブランドが世界的なブランドとして認知された要因として、社会・経済の変化が消費者ニーズや欲求に与える影響を理解していたこと、顧客との関係を築き上げたこと、買い手を満足させ好みの変化を予測するための組織を作り上げたことを指摘しています。

たとえばウェッジウッドの章では、同社が、
・製品の開発、改良に力を注いだこと
・中産階級の台頭に伴う上昇志向と模倣消費という機会をとらえたこと
・王侯貴族御用達というイメージ形成に力を注いだこと
・製品に自分の名前を押印し模倣品を排除したこと
・ショールームの開設などの近代的マーケティング手法を導入したこと
・労働者の組織化や生産管理の導入により品質の安定をはかったこと
などが、ブランド確立につながったことがわかります。

ブランド論は多々ありますが、ブランド確立の要因を、歴史的事実の積み重ねと、顧客関係から追求した視点に、学術書としての深みが感じられます。

バカの壁

養老孟司(著)「バカの壁」(新潮新書 2003/04)

養老孟司氏の著作を読む楽しみは、氏の常識にとらわれない思考に触れることにあるといってよいでしょう。

養老氏との対話を書き起こした本であるため、氏の独り言を聞いているような雰囲気も感じられます。

本書には、養老氏の他の著作にも通じる基本的な考え方が随所にみられます。

「結局われわれは、自分の脳に入ることしか理解できない」

「もともと問題にはさまざまな解答があり得るのです」

「人生でぶつかる問題に、そもそも正解なんてない。とりあえずの答えがあるだけです」

次の一文も一般常識とは正反対の解釈ですが、本書を読めばその真意がわかると思います。

「人間は日々変化するが、情報は固定化され絶対変化しない」

われわれがいつのまにか作ってしまった「壁」にとらわれずに、自分の頭でよく考えてみることの大切さに気づかされる書です。

父の威厳 数学者の意地

藤原 正彦(著)「父の威厳 数学者の意地」 (新潮文庫1997/06)

藤原正彦(1943-)氏のエッセイ66編を文庫にまとめたものです。
2~3ページの短編が多く、話題は家族にまつわるものが中心となっています。

作家である父、新田次郎(1912-1980)と、母、藤原てい(1918-)の思い出、祖父の教え、妻と3人の子息との日常などが、藤原氏独特の躍動感ある文章で展開されており、飽きさせません。

最近のベストセラーとなった「国家の品格」で主張されている情緒の重視や武士道精神,
恥の文化といったテーマは、本書でも何度か説かれており、著者の一貫した信念であることがわかります。

そしてこのような信念や行動規範は、「藤原家伝来」のものであることが、父や祖父のエピソードから伝わってきます。

藤原氏の文章の魅力は、次の一文でも窺い知れるでしょう。

「買い物の愉しさは、無味乾燥な紙幣が、魅力いっぱいの品物に化けることにつきる。ほとんどドラマティックな変容である。汚ならしいお札を差出せば、欲する物は何でももらえるうえ、感謝までされる。これは純然たる力の行使であり、優越感であり、快感でもある。」(p87 買い物の愉しさ より)

自己の単純明解さの自覚と主張、時代の雰囲気への反抗、一方で繊細な感受性と情緒の表現など、氏の多様な人間性の魅力が文章から溢れています。

企業戦略論【上】

J・B・バーニー(著),岡田 正大(訳)「企業戦略論【上】基本編 競争優位の構築と持続」(単行本)

MBAのテキストとしてかかれたもので、原題の”GAINING AND SUSTAINIG COMPETITIVE ADVANTAGE “が示すように、競争優位性の獲得と維持がテーマです。邦訳は原著を上・中・下に分けた3巻構成となっています。
著者のJ・B・バーニーは、RBV(1)の第一人者で、大手企業の戦略コンサルティングを行い、また在職した3つの大学で計5度の「ティーチング・アウォード」を受賞しているとのことです。 本書の内容は、経営戦略の定義(「ミッションと目標を達成するための手段」)から始まり、SCP(2)モデルとSWOTフレームワークに基づく脅威・機会、強み・弱みといった事項の体系的な解説が続き、RBV、VRIOフレームワーク(3)に展開されています。 SWOT分析はバランス・スコア・カードによる戦略策定でも必須のプロセスですが、機会・脅威・強み・弱みの項目を抽出するのはなかなか骨の折れる作業です。 本書ではM.E.ポーターの理論に拠り、脅威の項で「新規参入・競合・代替品・供給者・購入者」という5要素の詳しい解説がなされ、機会の項では「市場分散型業界・新興業界・成熟業界・衰退業界・国際業界」といった業界特性別に、着目すべき機会について述べられています。 これらの着眼点を理解することにより、SWOT分析の質が向上することは容易に想像できます。 講義を念頭においているためか、重要な事項については何度も繰り返し、企業の例やモデルを示しながら説明されています。 体系的で網羅的な論理展開、平易な文体とわかりやすい表現で記述された優れたテキストです。 上巻は300ページほどの分量ですが、経営学の専門書としては異例に読みやすく理解しやすい本です。 中・下巻の内容については後日紹介したいと思います。

(1)RBV(resource-based view)・・・経営資源に基づく視点。企業の競争優位の源泉として、内部資源に注目する経営戦略理論。
(2)SCP(structure,conduct,performance)・・・業界構造-企業行動-パフォーマンスの関係を理解する方法論。
(3)VRIO(value,rarity,inimitability,organization)・・・価値、稀少性、模倣困難性、組織についての問いからなるフレームワーク。

[新版]企業戦略論【上】基本編 戦略経営と競争優位 (単行本 – 2021/12/8)

企業戦略論【中】

J・B・バーニー(著),岡田正大(訳)「企業戦略論【中】事業戦略編 競争優位の構築と持続」 (単行本 2003/12刊)

No.127で紹介した バーニーのMBAテキスト「企業戦略論」3巻構成の中巻は、垂直統合、コスト・リーダーシップ、製品差別、柔軟性、暗黙的談合の5つの章から構成されています。
競争優位性の主要課題であるコスト・リーダーシップと製品差別化の方法については、ポーターの「競争の理論」の解説だけではなく、脅威や機会、組織構造と関係づけて、体系的・網羅的に扱われています。
第6章「垂直統合」では、バリューチェーンにおける垂直統合の価値、取引費用理論に基づく統治の選択肢、そしてリソース・ベースの視点から見た垂直統合戦略が説明されています。
企業の垂直統合度が、売上高付加価値率を示す簡単な式でおおよその見当がつくというのはひとつの発見でした。
また、「一般的人的資本投資」(*1)という概念にも共感を覚えました。
第7章「コスト・リーダーシップ」では、規模の経済、経験の差がもたらす学習曲線による経済性、技術上の優位などコストリーダーシップをもたらす要因と、こうした競争優位を最大化するための組織体制について解説されています。
「競合を下回る価格を設定すれば、競合に対してさらなるコスト削減が可能であるというシグナルを送ることになる。」(p89)という指摘にも納得させられます。
安易な低価格戦略は、レッド・オーシャンへの道ですね。
第8章「製品差別化」では、ポーターの「競争の戦略」から製品差別化を行う方法が紹介され、また実証研究から導き出された差別化要素、経営組織との関係、バランス・スコアカードについても触れられています。
「製品差別化とは、最終的には、常に顧客の認知の問題である」(p113-114)という指摘は、肝に銘じるべき言葉です。
第9章「柔軟性」では、戦略の選択における不確実性の問題が扱われ、金融オプション理論に基づくリアルオプション理論の手法が説明されています。
難解な数式を3つのステップに分解し、わかりやすく説明する手法には、ティーチング・アウォードを5回受賞したバーニーの神髄があらわれています(それでもすらすらとは読めない部分でした)。
最後の第10章「暗黙的談合」では、協調問題と裏切りについて解説されています。

(*1)general human capital investments・・・blogを書くこともそうですね。

[新版]企業戦略論【中】事業戦略編 戦略経営と競争優位 (単行本 – 2021/12/8)

ゲーテ格言集

ゲーテ (著) 高橋 健二 (訳) 新潮文庫

ゲーテ(1749-1832)の智慧を凝縮した一冊です。
初版の1952年から現在でも版を重ねており、学生時代に購入した文庫本は1973(昭和48)年発行のもので、その後処分されることもなく現在も書棚の片隅に納まっています。
当時は就寝前にページをめくってわかったような気がして読んでいましたが、おそらく地上から星を眺めているようなものだったと思います。
内容は、「ファウスト」や「若きウェルテルの悩み」、「詩と真実」、エッカーマンの「ゲーテとの対話」、その他多くの著作から格言や箴言を集めたもので、次の分類にしたがって纏められています。
「愛と女性について」、「人間と人間性について」、「科学、自然、二元性について」、「神、信仰、運命について」 、「行動について」、「芸術と文学について」、「幸福について」、「自我と自由と節度について」、「個人と社会について」、「人生について」、「経験の教え」、「人生の憂鬱」、「身辺雑記」、「生活の知恵」
ゲーテを特徴付けているのは、このような知的領域の幅広さがそのまま彼の人生になっていることです。
詩人・文学者、自然科学者にして、政治にも携わるなど、様々な分野で大きな業績を残しており、万能の天才という評価もあります(1)。

また、積極的な活動を促したかと思うと、一方では沈思することも勧めており、多様性に富んだ思想の持ち主であることがわかります。

ゲーテの生きた時代は、フランス革命とナポレオンがヨーロッパを席巻した激動の時代であり、社会・文化においても大きな転換期でした。 この時代を生きた人々が、心理的にも大きな混乱のなかにあったことは想像に難くありません。

現代はゲーテの生きた時代と同様の、あるいはそれ以上の大きな変革の渦中にあります。日々の生活に翻弄され人生の全体像を見失ったとき、ゲーテの格言はいくつかの道を示してくれます。 心に残る言葉が見つかることと思います。

(1)ゲーテの伝記は多々ありますが、小栗 浩 (著)「人間ゲーテ(岩波新書)」は、幼少時の教育、女性とのかかわり、代表作ファウストなどについて生き生きと描写されており、読みやすくお薦めできます。

高橋 健二(訳)「ゲーテ格言集」新潮文庫

二十世紀から何を学ぶか(下)

寺島実郎 (著)「二十世紀から何を学ぶか(下)一九〇〇年への旅 アメリカの世紀、アジアの自尊」(新潮選書)

「二十世紀から何を学ぶか(上) 欧州と出会った若き日本」の続編で、さまざまな人物を軸にして、二十世紀のアメリカ、アジア、日本の関わりを描いた「歴史エッセイ」です。
冒頭で、本書の執筆動機と著者の歴史認識に対する基本的な態度が表明されています。
「漠然としたイメージや受け身の情報に基づいて歴史を受け止めるのではなく、『実事求是』の精神で、自らの足と眼を使って、歴史の現場に立ち、文献と資料によって事実を確認し、『自分にとっての二十世紀の総括』を試みたものである」(はじめに より)
今回登場するのは、クラーク博士、ヘンリー・ルース、フランクリン・ルーズベルト、マッカサー、新渡戸稲造、内村鑑三、鈴木大拙、津田梅子、野口英世、ガンディー、孫文、魯迅、周恩来など、多彩な人物です。これらの人物が二十世紀をいかに生き、歴史にどのような影響を及ぼしたのか、興味深く綴られています。
歴史を前にすれば、個人の存在や影響力はたかが知れているように思われます。
しかし、これらの人々の果たした役割の大きさを知ると、決して個人は無力ではないという感慨が湧いてきます。
テレビ番組などで解説者として活躍する寺島氏は、その誠実な姿勢、論理的で説得力がありしかも分かりやすい論評が印象的ですが、本書からも同じような読後感を覚えます。
そして、基礎的な資料を自分の目で十分に読み込み、自分の頭でよく考えたうえで、話したり書いたりする態度が重要であることを教えてくれます。
上巻では巻末に膨大な参考文献リストが付いていましたが、下巻ではWebで公開する形となっています(http://www.shinchosha.co.jp/book/603582/)。今回もその膨大さに圧倒されます。

二十世紀から何を学ぶか〈下〉一九〇〇年への旅アメリカの世紀、アジアの自尊 (新潮選書  単行本 – 2007/5/1)

二十世紀から何を学ぶか(上)

寺島 実郎 (著) 「二十世紀から何を学ぶか(上) 一九〇〇年への旅 欧州と出会った若き日本」

著者の寺島実郎氏は日本総合研究所理事長で、テレビや新聞に度々登場し、国際的な視点から経済、政治、環境問題等を、鋭く説得力のある言葉で論じています。
本書は20世紀の始まった年、1900年前後に欧州に渡った日本人が、何を考え、その後いかに行動したかを確認することにより、日本人にとって20世紀という時代の持つ意味を考察しようというものです。
登場する人物は、海軍軍人秋山真之から始まり、夏目漱石、西園寺公望、川上音二郎、クーデンホーフ(青山)光子、広瀬武夫、森鴎外、三井物産創業者益田孝と多彩な顔ぶれです。
情報化社会のはるか以前の話であり、ほとんど予備知識らしいものを持たずに日本を出国し、欧州の実態に直面することになります。
時代と格闘するという言葉がありますが、1900年当時の欧州と日本との違い(格差)を考えると、登場人物たちが如何に大きな衝撃を受けたかが想像されます。
そしてこの時の経験が、その後の思考や行動に大きな影響を与えることとなります。
彼らの多くは政府や財界の指導者層であったがゆえに、帰国後は他の日本人に直接・間接的な影響を及ぼすこととなります。
著者は、これらの人物と比べ現代の日本人には「考える」姿勢が欠けているのではないかということを指摘しています。
夏目漱石の日記の一文が引用されていますが、背筋が正される思いがします。
「未来は如何あるべきか。自ら得意になる勿れ。自ら棄る勿れ。黙々として牛の如くせよ。孜々として鶏の如くせよ。内を虚にして大呼する勿れ。真面目に考へよ。誠実に語れ。摯実に行へ。汝の現今に播く種はやがて汝の収むべき未来となつて現はるべし」(一九〇一年三月二十一日付)

二十世紀から何を学ぶか〈上〉一九〇〇年への旅 欧州と出会った若き日本 (新潮選書) 単行本 – 2007/5/1

ゆたかな社会

J・K・ガルブレイス (著),鈴木 哲太郎 (訳)「ゆたかな社会」

ガルブレイスの代表作で、初版は1958年と、もはや古典の域に達した著作です。
私の手元にあるのは第三版(四刷)で、1983年発行のものです。久しぶりに箱から出したら、表紙を包んでいるパラフィン紙がすっかり褪色していました。
購入したのは大学を卒業して社会に出た頃です。なぜこの本を読もうと思ったのかは定かではありませんが、社会で働くようになり考えることがあったのかもしれません。
ガルブレイスは序論のなかで、本書の執筆の動機を語っています。
「私は、われわれが、公的サービスをおろそかにし、生産増加の一般的な治療的な力にこれほどまでの信頼を寄せることによって、深刻な社会的な病をおびきよせているのだ、という確信に貫かれてきた」
この本は、ガルブレイスが第二次対戦前後に傾倒したケインズ主義から、彼自身を引き離す努力の結実ともいえます。
ガルブレイスが取り上げたテーマは、「ゆたかな社会」の背後に厳然として存在する「貧困」の問題です。当初彼が考えていたタイトルは「なぜ人々は貧しいのか」というものでした。
多くの経済学者がいわば放置してきた「貧困」を、ガルブレイスは看過できなかったのです。
内容は多岐に渡りますが、経済学の専門書としては比較的読みやすいほうです。第二章「通年というもの」がやや抽象的で、独特の言い回しを理解するのに骨が折れますが、ここを突破すればあとは比較的楽しんで読めると思います。
昨今の流行語となった格差社会を考えるうえでも、多くの示唆を与えてくれます。
現在入手しやすいのは、2006年刊の「ゆたかな社会 決定版」 (岩波現代文庫)です。

ザ・テクニカルライティング

高橋 昭男 (著)「ザ・テクニカルライティング―ビジネス・技術文章を書くためのツール」


出版されたのは1993年とやや古いものの、正しいビジネス文章・技術文章を書くための実践的で非常に役に立つ本です。
著者は「もっと良い日本語を書きたいという一心で」いろいろな文献を読み漁り、200万字に及ぶデータベースとして整理したとのことです。その資料を活かして生まれたのがこの本です。
内容はきわめて具体的、かつ実践的です。
・「技術文章では正確さと品位を必要条件とし、わかりやすさ、読みやすさを十分条件とする。」(技術文章の四大要素 より)
・「1文50文字以内に収める」(短い文章を書く より)
・「5時にならないと帰って来ません」というような、二重否定の文章は避ける(明確な文章に徹する より)
・「箇条書きの文章には、句点(。)を付けない。」(もっとスリムに より)
・「推定の文章はマニュアルでは使えない。」(日本語の特徴を活かす より)
他にも、形容詞や助詞の正しい使い方、同音/同訓語の使い分け、読点の付け方などについても、具体例をあげて詳細に説明されています。
報告書や日報、企画書やプレゼンテーション資料、電子メールなど、ビジネス文章を書くことは、仕事のなかでも大きな位置を占めています。
また製品のマニュアルなどは、誤解を生む記述があれば大きな問題を引き起こす恐れがあります。
このようにビジネス文章を書く機会は非常に多いのに、そのための体系的な教育を受けた覚えのある人はほとんどいないのではないでしょうか。。
一冊備えておいて時折目を通すだけでも、文章の品質が向上すると思います。

ザ・テクニカルライティング―ビジネス・技術文章を書くためのツール( 共立出版 単行本 – 1993/5/20)