古風堂々数学者

藤原 正彦(著)「古風堂々数学者」 (新潮文庫 2003/04)

藤原正彦氏のエッセイ集で、90年代後半のものが48編納められています。
あとがきで著者が述べていますが、当時はバブルの崩壊後で、グローバリズムの名のもとに価値観が変貌し社会のアメリカ化が進んだ時期です。
武士道と情緒を何よりも尊重する著者の悲憤も高まり、その思いは「国家の品格」につながります。

家族の日常、数学者のエピソードなど、様々な話題が取り上げられていますが、教育に関するものが多くなっています。

巻末に収められた「心に太陽を、唇に歌を」と題されたエッセイは、単行本化する際に書き下ろされたもので、著者の小学生時代の思い出を綴ったものです。

貧しい同級生への思いやり、人間味あふれる教師との関わり、そして弱きを助け強気を挫く著者のリーダーぶりが活写されており、藤原エッセイの原点を見る気がします。

当時の学校には、いじめがあり、貧しさもあったものの、社会全体を包み込む雰囲気は現代とは異なっています。
教育には、競争以上に大切なものがあることを教えてくれる秀作です。

(2008年6月12日)

マルクス経済学と現実

堀江 忠男 (著)「マルクス経済学と現実―否定的役割を演じた弁証法」 (学文社 1979年)

堀江忠男(1913-2003)氏は、経済学者にして、元ベルリンオリンピックのサッカー日本代表で、NHK「そのとき歴史が動いた」でも、その活躍ぶりが紹介されました。

本書は、実は学生時代の教科書ですが、いまだに書棚に鎮座しています。
内容はマルクス経済学の理論的な過ちを、徹底的に批判したものです。

マルクス経済学の基本的な理論である利潤率低下法則や、恐慌論、そして弁証法的な方法そのものに誤りがあり、経済の現実と乖離していることが、実証的に解き明かされています。

この書をいまだ棄てられないのは、次の一文があるからです。

「円という貨幣(かね)が悲しみの
もとなれば
幸(さち)と呼ぶ貨幣(かね)
使う世つくらむ」

経済学者としての、著者の信念が込められた言葉です。

(2008年6月18日)

グーグル・アマゾン化する社会

森 健 (著)「グーグル・アマゾン化する社会」 (光文社新書 2006/9)

インターネット社会の主役として君臨する、グーグルとアマゾンについて、その現状と影響力を分析し、ネットワーク理論の観点からその本質に迫った書です。

前半は、インターネット上の多様化と一極集中の現象や、Web2.0についての解説があり、続いてグーグルとアマゾンの成功の要因が分析されます。そしてスケールフリーネットワークという視点から、一極集中が進む仕組みが解きあかされます。

スケールフリーネットワークの解説では、No.69で紹介したアルバート・ラズロ・バラバシの「新ネットワーク思考―世界のしくみを読み解く」が基礎となっており、理論的な深みがあります。

大いに喧伝された「ロングテール現象」といっても、勝者はその一部にすぎないこと、また、すべての情報を検索可能にしようとしているグーグルの圧倒的な力など、ネットワークの拡大が個人の生活や購買行動に及ぼす影響力の大きさがわかります。

便利さばかりに依存して良いのかという、問題提起の書でもあります。

(2008年6月19日)

コンピュータが子供たちをダメにする

クリフォード ストール(著),倉骨 彰(訳)「コンピュータが子供たちをダメにする」 (草思社 2001/11)

「カッコウはコンピュータに卵を生む」「インターネットはからっぽの洞窟」などの著作で有名な、クリフォード・ストールが、教育とコンピュータについて述べた書です。
タイトルが示すように、教室にコンピュータを持ち込むことは、子供の考える力を奪ったり、読み書きの基本的な能力をうばったりと、むしろ有害な面が多いということが本書のテーマとなっています。

ただし著者は、反コンピュータ主義者ではなく、天文学者にしてコンピュータの専門家でもあり、コンピュータの有用性も認めた上で、一貫した論理でその問題点を主張しています。
インターネットから雑多な情報をかき集め、見栄えのする資料をまとめることは、学ぶという本質とは関係がないこと、またコンピュータの操作が楽しいとしても、学ぶことの喜びは得られないこと、短期間で陳腐化する機器への投資は無駄が多いことなど、多面的な批判が展開されています。

「学習とは情報を入手することではない。最大限の効率化を図ることでも、楽しむことでもない。学習とは人間の能力の発達を可能にすることだ。」(p42)

「マイクロソフト・ワードの使い方を学ぶことと、シェイクスピアの言葉(ワード)の使い方を学ぶことでは、どちらが大切だろうか」(p67)

著者が繰り返し述べているように、コンピュータそのものが悪いというのではなく、コンピュータへの過度の期待や依存が、教育上の多くの機会を奪ってしまうということ、子供が他人や世界の多様性に対する理解がなくなってしまうことが、問題の本質でしょう。

(2008年7月10日)

人生論ノート

三木清(著)「人生論ノート」(新潮文庫 改版版2000)

哲学者で「パスカルに於ける人間の研究」などの著作で知られる三木清による人生論です。長年多くの人に読み継がれています。

「死について」「幸福について」「懐疑について」「健康について」「希望について」など23の章から構成されています。
それぞれの章は数ページでまとめられており、折に触れて読み返すことができます。

「幸福は人格である。・・・幸福は表現的なものである。鳥の歌うが如くおのずから外に現れて他の人を幸福にするものが真の幸福である」
(幸福について より)

先人の知恵を引きながら、人生の諸問題に正面から向き合う真摯で敬虔な態度と、昭和初期の教養主義の雰囲気が感じられます。

(2008年7月30日)

大隈重信の言葉

学問は脳、仕事は腕、身を動かすは足である。 しかし、卑しくも大成を期せんには、先ずこれらすべてを統ぶる意志の大いなる力がいる、これは勇気である。
(2008年11月26日)

幸福論

アラン(著) 串田孫一・中村雄二郎訳 「幸福論」(白水Uブックス)

「荒地を開墾すること。・・・だれでも自分を開墾することが必要だ。・・・この世界をひらくものは鉈と斧だ。それは夢想を犠牲にした並木道だ。前兆に対する挑戦のようなものだ。・・・眠っている魂たちよ、カッサンドラに気をつけろ。まことの人間は奮起して未来をつくる。」(「予言的な魂」より)
(2009年7月25日 11:08)

養老孟司の大言論〈1〉希望とは自分が変わること

養老 孟司(著)「養老孟司の大言論〈1〉希望とは自分が変わること」 新潮社

季刊雑誌の「考える人」に、9年間にわたり連載した文章をまとめた三部作の第一作目。

内容は、紀行や虫の話から、日本社会と個人に関する氏の思想の根幹に及び、エッセイよりも深みがある。

氏の基本的な態度である、世間の常識を問い直すことから、真の言論が始まることを教えてくれる。

「個人心理など存在しない」

「他人への理解が遅れると、人生が遅れる。私の場合、六十五歳で本が売れたのは、遅きに失した。なぜ人生が遅れたかというなら、他人を理解することが遅れたからである。」(「個人主義とはなんだ」より)

なるほど。

(2012年1月19日 09:07)

漢詩を読む 3-白居易から蘇東坡へ

宇野 直人(著),江原 正士(著)「漢詩を読む 3-白居易から蘇東坡へ」( 平凡社)

立秋前一日覽鏡(李益)

萬事銷身外     萬事身外に銷(き)え

生涯在鏡中     生涯は鏡中に在り

唯將滿鬢雪     唯滿鬢(りょうびん)の雪を將(も)って

明日對秋風     明日秋風に對(たい)せん

(2012年6月11日)

読書への旅

2007年7月18日 「読書室>>>本の薦め by Yasuhiko<<<」を"tdiary"で開始

2008年4月1日 「読書室>>>本の薦め<<< blog」 システムを"MovableType 4" に移行

2015年12月日 「読書への旅」 システムを”WordPress 4″ に移行、旧システムの投稿の一部を再掲